モータの不思議と更なる可能性の探究

第九回 ネオジム磁石を使う小型モータの高出力化の動向

Nidec Technical Adviser
見城尚志

今までを振り返りながら最近の小型モータの設計動向の一端を考察してみました。すると強力なネオジム磁石をつかう小型で高トルクを発生する動向の意味が見えてきます。

◇ テスラの発想を振り返る


第1回に書いたようにテスラはブダペストの公園で沈む夕日を見て交流誘導モータの発想を得ました。それは図1-2のような巻線のものです。これは鉄心の1個の歯に1個のコイルを巻きつけるタイプで集中巻と呼びます。これが今回のテーマです。産業用モータの大半は誘導モータですが、この巻線ではなく図1-4のような分布巻を使います。現在の直流モータは、第1回のコラムに書いたように鼓(つづみ)型と呼ばれる方式ですが、これも分布巻の一種です。分布巻とは何か?毎極毎相の歯数をqとして、この数値で説明します。それは

q=鉄心の歯の数÷(極数×相数)  (1)

で、表9-1はこの値の事例です。
 表9-1 毎極毎相の歯数
 回数-図番    歯数    
 磁極数 
 相数   
 q        用途
 1 - 2  4  2  2  1  テスラの発明
 1 4  24  4  3  2  教材
 5-表1  9  8  3  3/8  産業用ロボット   
 5 4  12  4  3  1  競技用飛行機
 4 4  120  60  2  1  航空機慣性航行
 9 1  6  4  3  1/2  教材
 9 1  6  8  3  1/4  教材
 9 4  24  32  3  1/4  ドローン


q =2あるいはそれ以上のとき分布巻になります。図1-2には2組の巻線AとBがあります。これを2相巻線といいます。現在の交流モータやブラシレスモータのほとんどは3相巻線型です。第2回に書いたヒステリスモータは分布巻でなくてはうまく回転しませんし、図2-3と第7回の図7-3に取り上げた初期のブラシレスモータも分布巻です。

q<1は集中巻になり、第4回の二つの図(2と4)も集中巻です。

q=1は集中巻と分布巻の分かれ目です。そして注目してほしいのが図4-4の複雑な巻線です。これはテスラの得た発想に新しい発明としてY字型の歯をとりいれています。そして2相のうちの一方では2個の歯をまたいて1個のコイルを設置しています。このように2つの相をまたいでコイルを配置することによって誘導モータの性能が向上します。今回の人物伝はこのモータを飛行機が自分の位置と姿勢を割り出すための慣性航法システムのために発明したColin McDermottさんです。

第5回目の図5-4 もq=1の典型で、小型で大きな出力を得て飛行機のプロペラを駆動するモータです。


◇ 磁極数とは何か


電流を流すと各相のコイルはNSNSの磁極を発生します。1つの磁極を生むために2個以上のコイルを使って、できるだけ正弦波に近い滑らかな磁界を発生するようにしたのが分布巻です。これが「q =2あるいはそれ以上」の意味です。ここでは磁極の数はコイルの結線によって決まることを暗示しています。ところが集中巻では、磁極の概念が基本から崩れてロータの永久磁石の磁極数で決まります。


◇ 6歯集中巻


第4回の図4‐2の6歯巻線をとりあげるために,改めて掲載するのが今回の図9-1です。ここでは磁石のNSNSの磁極数として2,4,8が可能であることを示しています。6極のロータではモータになりません。

6個のコイルを3組に分ける方法として対向(①と④など)と隣接
(①と②など)があり,それらを同極(NとNあるいはSとS)とするか
異極(NとS)に結線するかの選択がある。
図9-16コイル集中巻ステータと永久磁石ロータと組み合わせて
ブラシレスモータを形成しようとすると,6個のコイルの組み合わせと
結線の場合の数は多数ある。そしてロータの磁極数として2,4,8の組み合わせがある。

この図には6個のコイルの結線の方法が多数あることを説明しようとしています。図9-2はアウターロータ型の場合の巻線と磁石とホールIC(集積回路素子) の配置の関係です。NIDECの技術系新卒者の研修では,各自が巻線と結線してブラシレスモータ構成して,動かしてこの学習をします。ただし20もある結線の可能性をひとりで確かめることは時間的に困難です。

図9-2 3個のホール素子によってロータの位置を検出して,
その情報によって通電するコイルとその極性を決定する
仕組みを電子回路に組み込む。

モータの科学者あるいは技術者の育成にとって重要なのは「なぜ?」です。自分自身の疑問としてなぜこの構造でモータとして回るのか,なぜ今日のブラシレスモータがほとんど集中巻になったのか,さらに技術動向として永久磁石の磁極数を多くする傾向が起きているのかを,電気力学として頭の中に明快な説明を組立てられることが望まれます。これを数ページの論文にまとめるのは容易ではありません。

実は,永久磁石を使うモータが発生するトルク式として 

 (2)


を導いたのは第2回に挙げたTeareです。この式の詳細と積分の意味については資料[1]を参照してください。Teareは弱い永久磁石材料でおきる磁気ヒステリシスによって発生するトルクの表現式としてこれを提案したのです。これが永久磁化を使うブラシレスモータにも適用できて,電流によって磁石が不可逆減磁しないような限界値を計算するための基本式であることをご本人は知っていたでしょうか? この式から筆者の得た結論は,磁石の極数対(磁極数の半分,p),体積そして最大エネルギー積(BH)MAXの積として,最大トルクの目安は次式です。

 (3)


◇ 運送用ドローン用モータ‐小型で大きなトルクを発生する設計


モータの設計と制御技術が目覚ましい勢いで進歩しているのが,搬送用ドローンでインターネットの検索によって現在の状況の一部を知ることができます。この用途では磁石の体積Vmを大きくするためにはアウターロータ型とします。同じVmであれば,極数を増やすと限界トルクが大きいことがわかります。図9-3は16極の例です。図9-4はネオジム焼結磁石の減磁特性の一例ですが,この(BH)MAX は室温でほぼ350kJ/m3です。



図9-3 12スロットステータの場合の16極の
ロータの永久の磁極配置;この場合のステータ巻線の
可能な結線法は100ぐらいあると考えられる。



図9-4 焼結ネオジム磁石の減磁特性と
最大エネルギー積(BH) MAX=336kJ/m3


図9-5は運送用ドローン用にNIDECが開発した直径90㎜,32極モータです。最大トルクの理論値はほぼ30Nmです。(2)式には巻線に関するパラメータが入っていないのは,この限界値を出せるような巻線設計をしなさいと語りかけているのです。分布巻を採用しようとすると歯とスロットの数はq =1の96,できればq=2の192も必要になって,実際問題として困難ですのでq=1/4の24歯の鉄心を採用しています。このモータでは通常の巻線ですが,巻線に発生するジュール熱を減らす対策も技術の最先端の一つです。


図9-5 24個のコイルを配置した
32極モータ:プロフェショナルドローン用


モータの機械的な強度のためには通常のインナーロータ型にすることもあります。図9-6はその事例です。この場合には,小さなロータ内に多極状態で磁石の体積を確保するためには同図(b)のような断面構造にしています。このモータの形が昔のプロペラ機の多気筒エンジンを思い起こさせることが不思議です。


図9-6 インナーロータ型ドローン用モータと
ロータの断面(磁路を形成する鉄心と磁石の配置)

ドローン用モータの開発の状況に関心ある読者への案内が http://www.nidec.com/brand/tech/drone/index.htmlです。


資料
[1] 見城尚志:使いこなすDCモータ,第7章,日刊工業新聞社

Colin McDermott
(1927-19 February 2014)

1932年までイングランドのWest Yorkshireの牧歌的な田舎ですごし、小学校に入っときに家族は町に引っ越した。弱かった肺のために風邪をこじらせて学校を休むことが多かったが、自宅では読書に励んだ。1944年にグラマースクールを卒業した後、さまざまの挫折へてマンチェスター大学の電気工学科に入学できたのは1950年だった。そこには英国を代表する音楽大学があって音楽家との交友ができて、大学の食堂でランチタイムにはバイオリンを弾いていた。

1953年卒業してBristol大学の研究助手のポストを得た。それは指導教授の研究助手として学位を目指すプロジェクトのためだった。この研究成果として篭型誘導機を2つの速度で回すために巧妙な巻線切り替え法を見つけたが、インバータが実用化される以前の商業的価値の高い技術と判断され、教授から修士論文として公表することを差し止められた。ちなみに、専門家の間ではこの巻線が指導教授の発明として知られるようになった。

1957McDermottはエディンバラのFerranti社のポストを得た。この大企業はスコットランドのダンディー、グラスゴーおよびエディンバラ周辺に開発拠点と工場をもって10000人を擁していた。全盛期には全世界で20000人を雇用していた。航空宇宙のナビゲーション装置は重要な商品であった。ロケットに使うジャイロスコープのプロジェクトのあとに始まったのが、超音速旅客機コンコルドに搭載する慣性航法装置だったが、それは垂直上昇戦闘機Hawker Siddeley Harrierにも使われるナビゲータの開発でもあり、小型で応答性の高い位置決め用モータが必要だった。当時、航空機内の電源は400Hzの単相交流であり、彼の仕事は篭型誘導モータをベースとして、できるだけ薄くて効率を高くするような歯数と巻線の組み合わせを探し出すものだった。鉄心の材料とロータに使う導体の材料の決定も重要項目だった。McDermottによる試作を重ねた後に設計が決まった。最後の問題は複雑な巻線の製作であり、その器用さをもつ人を探し出して訓練する環境を構築した。このようなモータ自体の設計と航法装置の製造のためには、さまざまの才能をもつ人材を探し出して編成・統率する能力が必要である。McDermottは学生時代のオーケストラをとおしてその技量をもつようになったと思われる。

1970年代後半、この技術を米国海軍に供与するための新たなチームを編成しその運営にエネルギーをつぎこんでいたが、McDermott Edinburgh Playhouse SocietySecretaryとしても多忙だった。この多目的劇場の保存修復活動を通して、指揮者でもあり首相(1970-5)をつとめたEdward Heathと親交をもった。1989年にFerrantiを早期退職した彼は余生を音楽活動に専念した。

参考資料:
[http://www.edinburghnews.scotsman.com/news/obituary-colin-mcdermott-playhouse-campaigner-85-1-3335762]

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