モーターメーカーがつくるEVの心臓 日本電産株式会社 車載事業本部 副本部長 早舩 一弥 モーターメーカーがつくるEVの心臓 日本電産株式会社 車載事業本部 副本部長 早舩 一弥

早舩 一弥

「自動車の電動化」が急速に進展しているなか、日本電産は世界No.1の総合モーターメーカーとして培った技術力を生かし「トラクションモータ」の市場に新規参入しました。トラクションモータは、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)などにおいて駆動力を発生させる中核部品。モータとギア、インバータを一体化したトラクションモータシステム(E-Axle)を契機に、日本電産の車載事業は更なる飛躍を遂げようとしています。

環境・エネルギー問題を背景に急速に進みはじめた自動車の「電動化」

─2017年に発表されたトラクションモータシステム(E-Axle)が大きな注目を集めていますが、まずこの新製品の開発背景から教えてください。

現在の自動車業界における最大のトレンドは「電動化」の急速な進展で、100年に1度の技術革新と言われています。この電動化には、従来から日本電産が得意としてきた電動パワステ用モータなどのサブシステムも含まれますが、最も大きなものはメインシステムである動力装置の電動化、つまり駆動装置を「内燃エンジン」から「電気モータ」に置き換えようという動きです。これが昨今の電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)へのシフトで、3年程前から全世界で加速度的に広がっています。2017年のEV・PHEV世界販売台数は約130万台ですが、2025年には1,200万台に拡大すると予測しています。
この背景には、世界規模での環境・エネルギー問題があります。CO₂による地球温暖化や排気ガスによる大気汚染などの環境問題に世界は直面しており、これらを解決するには化石燃料に頼らず、CO₂や有害物質も排出しないクリーンな車に置き換えていく必要があります。 EVの普及推進を目的に、いま欧州を筆頭に、中国やアメリカでも自動車に対する環境規制がどんどん強化されています。例えばEUでは現在、CO₂排出量が「走行距離1km当たり130g」に規制されていますが、2021年にはこれが95gにまで強化されます。規制値をクリアできなかった場合、自動車メーカーにはCO₂排出量が1gを超えるごとにその年に販売した新車1台あたり95ユーロの罰金が科せられるのです。メーカーはこうした厳しい規制に対応して「電動化」に本気で取り組まなければ生き残れない状況になってきており、そのためトラクションモータに対するニーズも飛躍的に高まっているのです。

─トラクションモータシステムの開発は最近始められたのでしょうか?

実は、2010年頃に最初のトライをしています。「電動化」の波がいずれやってくることは随分前から見えていましたからね。2010年に米エマソン・エレクトリック社のモータ事業を買収したのですが、買収した事業部門では商用車や建機向けのトラクションモータも製造していました。また、当時はモータの磁石に使用されるレアアースの価格が数十倍に高騰していたことにより、モータの価格も倍になっていた時期ですので、SRモータという磁石を使わないモータへ期待が寄せられていました。買収した事業部門は、このSRモータで世界トップの技術を持っており、多数の特許を所有していたので、その技術を活用して開発したトラクションモータを世界各国の自動車メーカーやティア1※に提案したのです。 当時、私も欧州の大手メーカーを何社も回って懸命に売り込みをかけました。しかし受注はとれなかった。最大の理由は電動化の波が来ておらず時期尚早だったことです。当時はまだ環境規制に対する自動車メーカー側の危機感も薄く、一部の車種向けでしかトラクションモータを必要とせず、数量も少ないのでどこも自社で内製していました。また、当社がこの分野の「新参者」で、実績がなかったことも理由として挙げられます。自動車業界というのは実績を非常に重視します。「過去にやったことがあるのか?」と必ず聞かれます。どんなメーカーだって最初は「実績なし」なんですけどね。そういったわけで、トラクションモータ分野への参入は一旦見送られました。

※ティア1…自動車メーカーに直接部品を供給する一次部品メーカー

100年に1度の技術革新によって巡ってきた大チャンス

─再び挑戦したのは、今回は新規参入のチャンスがあると見たからですか?

その通りです。先に述べた各国の規制強化を受けて2016年ぐらいから自動車メーカーやティア1の目の色が変わってきました。新しい法規制に合わせるには、今までのように一部の車種だけではなく、大型車から小型車までのすべてに電動モデルを揃える必要があります。そうなるとすべてを内製で賄うことはとてもできない。メイン車種やプレミアム車種向けモータは自社開発するとしても、その他の車種向けのトラクションモータは外部から買おうという動きがどんどん明確になってきました。そこで我々にもチャンスが巡ってきたわけです。
トラクションモータへの進出は、車載事業拡大という面で当然大きな意味をもちますが、我々社員のモチベーションにも大きな影響があります。車載事業本部は電動パワステ用モータ、デュアルクラッチ用モータ、エンジン冷却用モータなど幅広い製品ラインアップを展開しており、日本電産グループの売上・利益に貢献しています。しかし、EVの心臓部であるトラクションモータをやらずして「車載用モータを作っています!」とは言いにくいでしょう。EVにとってトラクションモータは、ガソリン車のエンジンに相当する最重要部品。それを供給できれば、社員達のモチベーションも100倍違ってきます。

グループの総合力を結集し“三位一体”を実現した
トラクションモータシステム(E-Axle)

─トラクションモータシステム(E-Axle)の特長について教えてください。

この製品の最大の特長は、主要構成部品の「モータ」と「インバータ」、「ギア」を一体化したシステム製品であることです。これを我々は「三位一体」と呼んでいます。必要なものが最初から一体になっているので、車台にこれを付ければもうそのまま走れます。「三位一体」によってコンパクトかつ軽量になり、車輌レイアウトの柔軟性も高まります。
当然ですがただ単に3つをくっつけたのではなく、非常に高度な設計技術によって一体化を実現しています。モータ、インバータ、ギアを一体にするという発想は昔からあったのですが、技術的に色々な困難がありなかなか実現しませんでした。特に、繊細な電子部品であるインバータと、回転によって振動を伴うモータを一体化することは至難の業なんです。
この非常に難しい開発を、日本電産本体の車載事業本部と日本電産エレシス、日本電産トーソクという専門分野の違うグループ3社の総合力を結集することで、実現しました。日本電産はモータとギア、日本電産エレシスはインバータを受け持ち、パワートレインに強い日本電産トーソクはシステム全体のとりまとめ役という役割分担で、一体になって開発を進めました。
構成部品についても、すべて内製しており、特にモータに関しては鋳造や機械加工・プレス加工・樹脂成形の段階からグループ内で製造しています。したがって、鉄やアルミ・銅・磁石といった原材料さえあればモータを作れてしまうのです。年間30億個以上の大量のモータを生産している日本電産グループだからこその調達におけるスケールメリットも生かし、低コストで品質の安定した製品をつくることができます。また最近は物の供給が世界的に滞っていますが、部品の内製化によって安定的な供給も担保できます。

─優位性についても教えてください。

当社のE-Axleは非常に「小型・軽量」で、それ自体が非常に大きな優位性なのです。出力が同レベルの他社製品に比べるとモータの容積は約半分です。本当に小さいので、顧客に製品の説明をしても「ウソだ!」「信じられない!」と言われます(笑)。
これを可能にした技術の一つが、HDD用モータなど精密小型モータの分野で長年培ってきた磁気回路設計力です。CAEソフト※を駆使した徹底的なシミュレーションで「ぜい肉」を削ぎ落とし、高出力で非常に小さいモータを作るという当社の開発力は突出しています。今回のE-Axleに限らず、電動パワステ用や他の製品でも、当社の車載用モータは業界ではダントツに小さいんですよ。

※CAEソフト…コンピュータで製品の設計、製造や工程設計を事前に検討し、製品が要求性能を満たすかどうかをシミュレーションするソフトウェア

小型・高出力を支える独自の冷却システム

トラクションモータのような高出力のモータを小型化すると、これまでのモータ開発では経験しなかったような問題が出てきます。それが「熱」でした。モータのエネルギー効率は96%(エネルギーロス4%)と非常に高いのですが、150kWの大出力になると高効率であっても相当な熱量が発生し、表面積が小さい分、放熱が難しくなります。この問題を解決すべく開発したのが「油冷却」を用いた新システムです。この当社独自の油冷却システムによって熱を逃がすことで、当社のE-Axleは小型でありながらも一定の温度域を保って高出力モータを回すことができるのです。