高齢化社会の課題を解決する革新的なパーソナルモビリティの可能性を切り拓く 高齢化社会の課題を解決する革新的なパーソナルモビリティの可能性を切り拓く

水池 宏友

2014年に発表された画期的な電動車椅子「WHILL(ウィル)」。洗練されたデザインと高い操作性を備え、それは車椅子というより、「次世代のパーソナルモビリティ」と呼ぶにふさわしい乗り物だ。2017年4月に発表された最新モデルにおいて、車体の小型・軽量化や操作性向上に一役買っているのが、日本電産のモータだ。「WHILL」は現在、米国や欧州へも販売地域を拡大し、従来の車椅子に抵抗や使いづらさを感じていた高齢者や障がいを持たれた方の生活の質向上に国内外で貢献している。
「WHILL」を開発・販売するベンチャー企業と、ブラシレスDCモータで世界トップシェアを誇る日本電産の協業はいかに始まり、成功を収めたのか。開発プロジェクトのリーダーを務めた水池が振り返る。

WHILL紹介動画

「WHILL」の開発・販売を行っているのは、1980年代生まれの3人の若い技術者が2012年に創業したWHILL株式会社だ。車椅子に乗っていることで「障がいがあり、助けが必要な人」という視線で見られてしまい、「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」という車椅子ユーザーの声をきっかけに、心理的バリアと段差などの物理的ハードルの両方を越えられるパーソナルモビリティ(一人用乗り物)を作ろうと起業した。誰もが「乗ってみたい」と思うようなデザイン、段差を軽々と超える軽快さ…。2014年に発売した初号機「WHILL Model A」は、今までの車椅子の概念をくつがえす乗り物として、世の中に驚きを持って迎えられた。

一方、日本電産ではモータの新領域・新市場を切り拓く分野を模索していた。「特に注目していたのはロボットやモビリティ分野でした。その中で有望な候補の一つと考えていたのが、高齢化が進む中で市場の成長が期待できるパーソナルモビリティでした」。
当時、水池が開発に携わっていたのは、電動アシスト自転車向けのブラシレスDCモータだった。このモータは小型・軽量でありながら、瞬時に300Wを出せるパワーを持つ。「同程度の出力が求められる電動車椅子なら、技術を応用できる」と、次世代パーソナルモビリティを立上げ、注目を浴び始めていたWHILLを営業が訪問し、自社モータの採用と共同開発を働きかけた。ちょうどWHILL内でも、「Model A」に続く新モデルの開発が検討されていた頃だった。新モデルでは車体の小型・軽量化が大きなテーマで、実現には車輪駆動部に組み込める小型かつ高出力のブラシレスDCモータが必要とされていた。
新しい分野を切り拓きたい日本電産と、小型・軽量、さらに高出力のブラシレスDCモータを求めていたWHILL。両社のニーズは合致したが、実際の開発までには乗り越えなければならない課題があった。

日本電産ではこれまでさまざまな企業と互いの強みを持ち寄り、世の中にない製品やソリューションを生みだしてきたが、ベンチャー企業との協業はあまり例がなかった。「それでも私たちはどうしてもWHILLさんとの協業を実現させたいと思いました。電動アシスト自転車で培ってきたモータ技術を拡大させていけるチャンスであることはもちろん、何より大きかったのは、私たちとほぼ同世代であるWHILL創業者たちの『多くの人に外に出かける喜びを感じてもらうために、世の中にない車椅子を作りたい』という情熱に共感したことでした」。WHILLのメンバーが口にしていた「中途半端なモノは作りたくない」という言葉も水池らのモノづくり魂に火をつけた。「彼らとともに新しいモータを開発し、高齢化社会の課題解決や外出をためらっている方々のために役立てたいと強く思ったのです」。
水池ら開発と営業は社内の承認を得るため戦略を練った。重要となるのはマーケティングに基づく、説得力のある提案だ。「WHILL」は高齢化が進む日本をはじめとした先進国で需要拡大が見込めること。WHILLの理念やポテンシャルに共感する多くの企業から出資が集まり、資金的にも安定していること――。水池らはこれら協業していくメリットを上席らが集まる社内会議で訴えた。
結果、日本電産と創業間もないベンチャーとの共同開発にゴーサインが出たのは、2015年5月のことだった。

WHILLが目指した新モデル「WHILL Model C」の目標は、旧モデルの「Model A」に比べ価格も重量も半分にすることだった。コンパクトで、簡単に分解して車に積み込めるようになれば、ユーザーはもっと遠くへ外出しやすくなる。車体の軽量化に伴いバッテリーも当然、小型になる。低容量のバッテリーで長距離を走るには、モータは小型かつ高出力であることが必要だった。
「旧モデルに搭載されていたモータはサイズが大きく、重量もありました。そこで、我々が電動アシスト自転車用に開発した小型かつ高出力のブラシレスDCモータの設計を応用することで小型・軽量化に対応することになったのです」。ブラシレスDCモータには、耐久性が高いというメリットもある。ブラシ(電極)と整流子を用いて機械的に電流の切り替えを行うブラシ付きモータと違い、電子回路を用いて電気的に電流の切り替えを行うため、ブラシの摩耗という問題がないためだ。
さらに、Model Cは4WD(4輪駆動)だったModel Aと違い、車体を分解できるよう後輪のみの2WD(2輪駆動)となるため、モータは車輪内に組み込むインホイールとすることが不可欠だった。「後輪を高出力のインホイールモータとすれば、旧モデル同様に段差の乗り越えや小回り性が保持できます。我々の電動アシスト自転車用モータもインホイールタイプのため、技術転用がしやすく開発のスピードアップにつながりました」。
WHILLの事業に対してNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術開発機構)から助成金が下りると決まったことも追い風になり、開発は加速した。