企業買収で成果を出し続ける「失敗しないM&A」の極意とは 日本電産株式会社 常務執行役員 企業戦略室担当 荒木 隆光 企業買収で成果を出し続ける「失敗しないM&A」の極意とは 日本電産株式会社 常務執行役員 企業戦略室担当 荒木 隆光

荒木 隆光

日本電産は経営戦略を遂行するために、M&Aを積極的に活用しています。日本企業としては早い時期からM&Aに取り組み、国内外で60件以上の企業買収を実施、そのすべてを成功に導いてきました。当初は小規模、中規模の買収が中心でしたが、最近は大型案件も多く手掛けています。日本電産はこれまでの経験を通じて、M&Aを成功させるためのノウハウを進化させてきました。

2006年、M&A実行を担う企業戦略室を設立

─企業戦略室はM&Aにおいてどのような役割を担っているのですか。

日本電産グループにおけるM&Aや合弁企業設立などの企画・立案・遂行が主な業務です。当社はもともと事業再生系のM&Aを多く手掛けてきました。代表的な例が、2000年代前半に実施した三協精機製作所(現・日本電産サンキョー)の買収です。この頃は、永守会長が現場に入って直接再建を指揮しました。その後は、事業成長の加速に向けて、新規市場への参入を視野に入れたM&Aなども行うようになり、M&Aの規模も大きくなっています。こうした背景もあって、永守会長だけに頼るのではなく、組織的に対応しようということでM&Aの実行を担う組織をつくることにしました。それが、2006年6月に設立された企業戦略室です。M&A専門組織の立ち上げは、日本企業のなかでは先駆的なケースといえると思います。

─現在、チームメンバーは何人ですか。

私を含めて8人です。海外に目を向けると、100人超のM&A専門組織を持つ巨大企業もあります。こうした企業は法律などの専門家を自社内に抱えているため、かなり大きな所帯を維持しています。企業戦略室はそれに比べると小規模に思えますが、案件に応じて投資銀行や法律事務所などの外部サービスを活用する体制を敷いており、仕事の質と量では見劣りしないと自負しています。

─M&A巧者といわれる欧米企業の多くは、買収だけでなく売却を行うことも多いですが、日本電産はどうでしょうか?

日本電産はこれまで60件以上のM&Aを実行してきましたが、基本的に買収した会社を手放すことはありません。買った会社を大きく育てる。これが基本方針です。中長期的に目指しているのは買収した会社が成長したうえで、資金力を高めM&Aを実行するというパターンです。こうしたケースが次々に生まれることで、グループ全体のパワーアップと成長を加速させることができます。

「大きな石」と「詰め物の石」を組み合わせる

日本電産モータ社屋

─買収対象の企業をどのように決めているのですか。

永守会長はよく買収を城の石垣に例えて話します。石垣には大きな石と、その間に埋め込まれた詰め物の石があります。大きな石というのは、事業の新しいプラットフォームをつくる案件です。比較的大規模なM&Aが多いですね。代表例は、2010年に実施した米国のエマソン・エレクトリック社のモータ事業(現:日本電産モータ)の買収です。同事業は米国をはじめメキシコや中国、英国など世界各地に開発・生産・販売の拠点を展開しており、このM&Aにより欧米を中心とする地域での顧客基盤や販売力、そして優れた人材や技術を獲得できたほか、産業用モータなどの製品ラインナップを強化することができました。プラットフォームという言葉通り、エマソンの事業買収で得たものは以後の成長の基盤になっています。詰め物案件は各事業で足りないもの、研究開発から生産・販売・アフターサービスに至る一連の事業活動の隙間を埋めるような買収です。例えば、「この部品を既存製品に組み込めばモジュール化できる」、あるいは「この地域に進出すれば新規顧客を開拓できる」といったものです。前者は機能的、後者は地理的な観点での補完、または補強といえるでしょう。機能的補完の例としては、台湾のCCI社買収があります。同社は半導体などの電子回路が発生させる熱を金属の冷却板などで放熱する部品などを製造しています。これを既存事業であるパソコンやサーバ向けの冷却ファンと組み合わせれば、より付加価値の高いモジュールとしてお客様に提供することができます。地理的補完の例は、グループ会社の日本電産サンキョーによる米国のジェンマーク社の買収です。両社とも半導体ウエハー搬送ロボットを製造していますが、買収により搬送ロボットの製品ラインナップを増やすとともに、海外の販売ネットワークを強化しました。詰め物案件は規模自体は小さいですが、更なる成長のために非常に重要な役割を果たしているといえます。  

─買収対象に対するアプローチの仕方、候補企業のリストアップなどについてうかがいます。

世の中のM&A案件は多くありません。需要と供給という観点で見れば、圧倒的に需要が多く、供給は少ないというのが実態です。買い手にとってはノーマークだった案件が、投資銀行などから持ち込まれるケースも多いのではないでしょうか。いわば、受動的な対応です。これに対して、私たちは能動的にアプローチすることが多いのです。M&Aに備えて「この会社と一緒になればもっと強くなる」というリストを常にアップデートし、タイミングを考えながら一定の頻度でアプローチしています。候補となる企業のリストアップに際しては、企業戦略室が多種多様な情報を収集・分析しますが、それぞれの分野に関して最も詳しいのは各事業部門です。当社ではM&Aが成長戦略の一つの手段として認知されており、それぞれの事業部門のトップは日常業務の中で、常に次のM&A機会を意識しながら成長戦略を描いています。そんな事業部門と企業戦略室は互いに議論を交わしながらM&Aの優先順位などを検討し、常に機会をうかがっています。

M&Aを成功に導く3つのポイント

─「M&Aの多くが失敗に終わる」といわれますが、
 日本電産はことごとく成功させてきました。その秘訣とは?

成功のポイントは価格とPMI(※)、シナジーの3つです。まず、価格ですが、失敗事例の多くは高値掴みによるものです。それは絶対に避けなければなりません。適正価格の定義にもよりますが、M&Aでは適正価格にプレミアムを乗せた価格が提示されることがよくあります。特に投資ファンドが保有する企業の売却では適正価格をかなり上回るケースが多いので、そういう案件には基本的には近づかないようにしています。とはいえ、資本市場の評価には波があります。例えば、EV(電気自動車)や自動運転などへの関心の高まりは、資本市場に反映されるので関連企業のバリューも高まりました。つまり、値段の高すぎる企業が増えたということです。結果として、近年私たちの手掛ける車載関連のM&Aはやや抑え気味になりました。ただ、今は車載分野に関する資本市場の見方も冷静さを取り戻しつつあるので、今後、車載分野のM&A案件を発表する機会も増えるのではないかと思っています。

※PMI…Post Merger Integrationの略。M&A実行後の新しい組織体制のもと、シナジーを実現し、企業価値を向上させるための統合プロセス全体を指す。

日本電産流M&Aのサクセスストーリーを
体現する日本電産シンポ

ロボット用減速機や変速機などの駆動機器をはじめとして、プレス機器、計測機器、工芸機器などを手掛けている日本電産シンポというグループ会社があります。日本電産は1995年に同社(旧社名:シンポ工業)の第三者割当増資を引き受け、2003年に完全子会社化しました。特に2010年代に入ってからの成長は目覚ましく、2010年から2017年にかけて、売上高は5倍近く増えました。
成長戦略の柱となっているのがM&Aです。同社は有望な市場や技術などの分野において、次々にM&Aを実現し成功に導いています。例えば、プレス機の分野では米国のミンスター社やスペインのアリサ社を買収。減速機分野ではドイツのMSグレスナー社を買収し、製品ラインナップを拡充しました。
こうしたグループ企業のM&A実行プロセスにも、日本電産が買収するときと同じように、私たち企業戦略室が参画します。ただし、実行プロセスの支援はしますが、M&Aを行う主体はあくまでも日本電産シンポなどのグループ会社です。グループ会社が事業を着実に成長させ、自己資金を蓄え、自分たちの身の丈に合ったM&Aを行う。そして、PMIを成功させて、次のM&Aを実行するというサイクルを目指しています。
買収した会社が成長したうえで、自ら買収を実行して事業を一層拡大する――そんなサクセスストーリーがいくつも生まれています。
日本電産シンポ社屋