高齢化社会の課題を解決する革新的なパーソナルモビリティの可能性を切り拓く 高齢化社会の課題を解決する革新的なパーソナルモビリティの可能性を切り拓く

仲川 剛史

農業に携わる人々の減少と高齢化――。日本が抱える大きな課題を解決するために急務となっているのが、農作業の省力化・効率化だ。そんな中、2019年3月にヤマハ発動機(以下、ヤマハ)が発売した農薬散布用ドローンが注目を集めている。30年以上前から農業用無人ヘリコプター(以下、無人ヘリ)を開発し、同分野で世界トップシェアを誇るヤマハ初の農業用ドローンは、今後の農業スタイルを大きく変える可能性があるからだ。
実現を可能にした技術のひとつが、同社と日本電産が共同開発した小型軽量ドローンモータ。来たるドローン新時代に向け、日本電産が初めて商品化した産業用ドローンモータである。しかし、その開発は困難を極めた。開発チームの若手メンバー、仲川の目から開発成功への軌跡を追った。

農林水産省の統計によると、1990年に482万人だった農業就業人口は2018年に175万人まで減少し、農業従事者の平均年齢は66歳を超えるまで高齢化が進んでいる。それに伴い省人化に寄与する無人ヘリによる農薬の空中散布はすでに水稲の作付面積の半分近くを占めており、そのほとんどをヤマハ製の無人ヘリがカバーしている。同社では30年以上前から農業用無人ヘリを開発・提供してきた。そのノウハウと知見の蓄積を生かし、市街地の小規模な農場や個人農家の使用にも適した小型かつ低コストで導入できるドローンとして開発されたのが、農薬散布用ドローンYMR-08である。
YMR-08の特徴は、1回のフライトで1haを約15分で連続散布でき、薬剤を作物の根元までムラなく到達させられる高い散布性能を持つことだ。価格は275.4万円と1000万円以上かかる無人ヘリに比べ、はるかに導入しやすくなっている。

そのモータ開発において、同社と日本電産が手を携えることになったのは、2016年の夏頃。発端は、日本電産の研究開発拠点である中央モーター基礎技術研究所が設計し、グループ会社の日本電産サーボが開発した産業用ドローンモータの試作品をヤマハに提案したことだった。試作品の精度と品質の安定性はヤマハに高く評価され、手応えは十分だった。当時、試作品の性能評価や解析を担当していたのが、入社9年目の仲川である。「ドローンモータの開発に携わりたいと自ら志願した業務でしたが、農業用無人ヘリで世界トップシェアのヤマハさんと共同開発ができるかもしれないという話を聞いたときはさすがに興奮しました」。仲川の出身地は静岡県磐田市。ヤマハの本社がある場所だ。幼い頃から身近な存在だった会社と共に新しい分野に挑戦できるというのは、願ってもないことだった。

ヤマハとの共同開発が始まる前年の2015年は、新語・流行語大賞のトップ10に「ドローン」が選ばれるなど、ドローンへの認知が広がり、「ドローン元年」と呼ばれた年だった。日本電産でも、車載製品や精密小型モータで培ってきた技術力を生かせる産業用ドローンを念頭に置いたモータ開発が始まりつつあった。農薬散布用ドローンでも他社と一線を画す製品を開発したいヤマハと、産業用ドローンモータの販路として農業分野に可能性を見ていた日本電産。「両社のニーズが一致したことが共同開発のきっかけだったことは間違いないと思います」。しかし、開発が始まった当初、「これは物凄くハードルの高い話だな」と思ったことを仲川は鮮明に覚えている。

最大の課題はモータの重さだった。試作モータの重さが約900gだったのに対し、ヤマハが求めたのは半分以下の350gだった。ドローンの飛行時間を伸ばすためには、モータの軽量化は外せない要件だったのだ。
とはいえ、ヤマハの要望に関わらず、「軽量化は必須だ」という共通認識が開発チームにはあった。ほぼ時を同じくして社内では永守会長が、「これからはモータの軽量化が必須であり、ドローンモータの重さは190g以下にする必要がある」と話していたからだ。「ドローンモータで先行している中国メーカーからは当時すでに350gの製品が出ていました。世界No.1の総合モーターメーカーを名乗っている日本電産としては、ドローンでもNo.1と胸を張れるモータを開発したいところだったのです」。かくして、部品の“贅肉”を極限まで削ぎ落とすための戦いが始まった。

中央モーター基礎技術研究所の共同開発メンバー

モータの部品の中で最も重いのは、モータを動かす電気と磁気を生み出すコイルが巻かれている鉄心部分だ。開発したモータはその鉄心の真ん中に大きな穴が空いている。「普通のモータには見られない形状で、鉄の部分をくり抜いて肉抜きしています」と仲川は説明する。しかし、後で完成したものを見て説明するのは簡単だが、部品を削れば削るほど落ちる強度と出力パワーを確保するのは、そう簡単ではなかった。
共同開発においては、ヤマハがモータの基本的な形状やデザインを、モータの性能については日本電産が担い、どこかに課題が出るたびに両社で互いに知恵を出し合い、改善策を検討していった。「会議の場でも、ヤマハさんが一番こだわっていたのはモータの軽さで、コンマ1gでも軽くしたいということでした。そこで、当初から部品の材料について検討・提案し、試作しては解析してという試行錯誤を繰り返しました。強度を保ちつつ、どこかに削ぎ落とせる部分がないかの検討は、量産設計の仕様が固まるギリギリまで続きました」。試行錯誤の結果、たどり着いたのが、必要なパワーを出すために径を大きくし、くり抜いた鉄心の強度をアルミ構造で補強するという方法だった。

しかし、開発の途中には大きな失敗もあった。開発も後半に入り、飛行実験用に600台のモータを量産し始めた直後、ヤマハから「テスト中にロータが壊れた」という連絡が入ったのだ。鉄心を削りすぎた結果、モータのカバー部分の強度が足りなくなったことが原因だった。型変更を大急ぎでやり直し、事なきを得たが、前例のない開発案件だったため、予想できないトラブルに直面することもたびたびだった。「そうしたさまざまな困難を乗り越える際に助けられたのが、モータ技術に関する知見を豊富に持つ中央モーター基礎技術研究所からの助言だった」と仲川は振り返る。「起きた問題に対して的確に原因と結果の分析ができる技術者が豊富にいることは日本電産グループの強みだと実感しました」。